広島地方裁判所 昭和47年(レ)72号 判決 1976年3月23日
控訴人 浦島敏春
右訴訟代理人弁護士 原田香留夫
被控訴人 西河内光幸
右訴訟代理人弁護士 上田武
主文
原判決を取消す。
被控訴人は、控訴人に対し別紙第一目録記載(一)の土地及び同目録記載(二)の土地については分筆登記のうえそれぞれ所有権移転登記手続をせよ。
被控訴人は、控訴人に対し同目録記載(二)の土地上に存する石垣、石塊及び土砂を撤去せよ。
被控訴人の反訴請求を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審を通じすべて被控訴人の負担とする。
事実
第一、双方の申立
控訴人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
第二、双方の主張
(本訴について)
一、控訴人の請求原因
(一) 別紙第一目録記載(一)、(二)の土地(以下、本件(一)、(二)の土地という)は、もと訴外恵木秀吉が所有していたが、同人は、その後木原忠信に対し右各土地を売渡した。
(二) 控訴人は、昭和二八年一〇月三一日頃木原忠信から別紙第二目録記載の建物(以下、本件建物という)とその敷地である広島県安芸郡音戸町大字音戸字郷四、八七八番地の二宅地八六・六一平方メートル(以下単に四、八七八番地の二の土地という)、本件(一)の土地及び同町大字音戸字郷四、八七八番地の一の土地(以下単に四、八七八番地の一の土地という)のうち西側便所尾垂れの見通しの線以東の土地、すなわち本件(二)の土地を買受けた。
(三) かりに本件(一)、(二)の土地について売買の効果を被控訴人に対抗できないとしても、控訴人は、昭和二八年一二月二日木原忠信から本件建物を買受けてその旨の登記を了するとともにその敷地である本件(一)、(二)の土地を自己の所有地として平穏公然かつ善意無過失で占有していたから、昭和三八年一二月二日の経過によりその所有権を時効取得した。
(四) ところが被控訴人は、本件(一)の土地及び本件(二)の土地を含む四、八七八番地の一の土地全部について昭和三六年八月二八日訴外松崎貞雄から買受けたことを理由に所有権移転登記を了している。
(五) 更に被控訴人は、本件(二)の土地上に石垣を造成し、石塊、土砂をもって埋立てるなどして控訴人による本件(二)の土地の使用を妨害している。
(六) かりに所有権に基づく主張が認められないとしても、控訴人と被控訴人とは、昭和四二年四月二八日呉簡易裁判所における和解において、被控訴人が本件(二)の土地上に埋立てた石塊及び土砂などを同年五月八日限り除去する旨約した。
(七) よって控訴人は、被控訴人に対し登記簿上の表示とその実体を真実に合致させるため本件(二)の土地については分筆登記のうえ、本件(一)の土地とともに真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をすることを求めるとともに、本件(二)の土地上に存する石垣、石塊、土砂を撤去することを求める。
二、請求原因に対する被控訴人の答弁
請求原因(一)のうち、本件(一)、(二)の土地がもと恵木秀吉の所有であったこと、本件(一)、(二)の土地の現況が宅地であることは認めるが、その余は争う。同(二)、(三)の事実は争う。控訴人は、本件(一)、(二)の土地の占有を開始するに際し、右各土地の登記簿を閲覧していないから、控訴人の占有には過失がある。同(四)の事実は認める。同(五)の事実のうち被控訴人が、控訴人主張の石垣造成、石塊、土砂による埋立てをしたことは認めるが、その余は争う。同(六)の事実のうち、控訴人主張の日に裁判上の和解が成立したことは認めるが、その内容は争う。
三、被控訴人の抗弁
(一) (木原忠信が本件(一)、(二)の土地の所有権を取得したとの主張について)
木原忠信が本件(一)、(二)の土地を恵木秀吉から買受けたことがあるとしても、その当時木原は音戸町内に農地を所有または耕作していたことはなく、本件(一)、(二)の土地の現況は田であったところ、右土地の売買については県知事の許可を得ていないから、木原が右各土地の所有権を取得することはない。
(二) (控訴人が本件(一)、(二)の土地を買受けたとの主張について)
本件(一)の土地及び本件(二)の土地を含む四、八七八番地の一の土地は、昭和二九年四月一二日恵木秀吉より訴外松崎貞雄が買受け、被控訴人は、昭和三六年八月二八日松崎より右各土地を買受け、昭和三六年九月五日その旨の所有権移転登記を了したから、控訴人がその主張のように本件(一)、(二)の土地を買受けたとしても、そのことによる所有権取得を被控訴人に対抗できない。
(三) (時効取得について)
控訴人は、昭和三六年一二月頃再三に亘って被控訴人に対し本件(一)、(二)の土地の売却方を申込み、右各土地が被控訴人の所有であることを承認したから、右各土地の取得時効は中断した。
四、抗弁に対する控訴人の答弁
抗弁事実はすべて争う。被控訴人が松崎より買受けたのは、四、八七八番地の一の土地のうち本件(二)の土地を除いた部分である。
(反訴について)
一、被控訴人の請求原因
(一) 被控訴人は、本訴主張のとおり松崎貞雄から本件(一)の土地及び本件(二)の土地を含む四、八七八番地の一の土地を買受け、その旨の所有権移転登記を了した。
(二) 控訴人は、本件建物を所有し、同建物のうち別紙図面(1)ないし(10)、(1)の各点を順次直線で結んだ線内の建物部分(以下、本件建物部分という)の敷地として本件(一)、(二)の土地を占有している。
(三) 本件(一)、(二)の土地の地代としては次の金額を相当とする。
(1) 昭和三六年九月一日から一年間 三、六三五円
(2) 昭和三七年九月一日から一年間 三、八八九円
(3) 昭和三八年九月一日から一年間 四、一八〇円
(4) 昭和三九年九月一日から一年間 四、四七一円
(5) 昭和四〇年九月一日から一年間 四、七九八円
(6) 昭和四一年九月一日から一年間 五、一六一円
(7) 昭和四二年九月一日から一年間 五、五二五円
(8) 昭和四三年九月一日から一年間 五、九二五円
(9) (1)ないし(8)の合計 三七、五八四円
(10) 昭和四四年九月一日以降 一ヶ月 五二七円
(四) よって被控訴人は控訴人に対し所有権に基づき本件建物部分の収去と本件(一)、(二)の土地の明渡を求めると共に、昭和三六年九月一日から昭和四四年八月末日までの本件(一)、(二)の土地の賃料相当損害金合計三七、五八四円及び同年九月一日から右各土地明渡に至るまで一ヶ月五二七円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。
二、請求原因に対する控訴人の答弁及び主張
(一) 請求原因(一)の事実のうち、被控訴人がその主張の登記を了していることは認めるが、その余は争う。同(二)の事実は認める。同(三)の事実は争う。
(二) かりに本件(一)、(二)の土地が被控訴人の所有であるとしても、被控訴人は、本訴請求原因(六)の呉簡易裁判所における和解により、控訴人に対し本件建物部分の収去及び本件(一)、(二)の土地の明渡を求める権利を放棄した。
三、控訴人の主張に対する被控訴人の答弁
争う。
第三、証拠関係≪省略≫
理由
第一、本訴について
一、本件(一)、(二)の土地がもと恵木秀吉の所有であったことは当事者間に争いがない。
二、≪証拠省略≫によると、木原忠信は、昭和二六年九月一日恵木秀吉より本件建物(但し、便所部分は当時存在しなかった。)及び四、八七八番地の二の土地、本件(一)の土地ならびに四、八七八番地の一の土地を農地の売買について県知事の許可を要することも知らず、また地番の境を確かめることもなく一括して買受けたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる的確な証拠はない。
三、被控訴人は、本件(一)、(二)の土地は当時農地であったから、県知事の許可を得ていない以上木原忠信がその所有権を取得することはない旨主張するので検討するのに、弁論の全趣旨によれば木原忠信は前記各土地を買受けるに際し、県知事の許可を得ていないことが認められるが、≪証拠省略≫によれば、木原が恵木より本件(一)の土地、四、八七八番地の一の土地を買受けた当時本件(一)の土地は、本件建物(但し、便所部分は除く)の敷地として宅地であったこと、四、八七八番地の一の土地は当時畑であったが農地の売買転用について県知事の許可を要することを知らず、その点に無関心であった木原は買受けて二、三ヵ月後本件建物西側に便所を増築し、これによって四、八七八番地の一の土地のうち本件(二)の土地は農地でなくなったことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。
右認定した事実によると、木原が買受けた当時本件(一)の土地は、その現況が宅地であり、農地ではなかったのであるから、同人は、県知事の許可を要せずして右土地の所有権を取得し得たものであり、また四、八七八番地の一の土地のうち本件(二)の土地は、現況が畑であったものが買受け後農地でなくなったものではあるが、≪証拠省略≫によると、四、八七八番地の一の土地は、音戸大橋から倉橋町に至る県道に面していて附近には県道沿いに人家がかなり密集しており、右土地は住宅地としても店舗用地としても適地であることが認められるから、木原が買受けた当時においてもいずれは非農地化され得る土地であったものということができるし、そのことの外に木原が便所を増築して本件(二)の土地を非農地化することについて農地法違反の意識がなく、しかも本件(二)の土地の面積は二〇・五二平方メートルであって、四、八七八番地の一の土地全体に比し約二〇分の一と僅少であることを考えると、少くとも本件(二)の土地の売買については、それが非農地化されたとき以降は県知事の許可を経ることなく、完全に効力を生ずるに至ったものと解するのが相当であるから、木原は本件(二)の土地についてもその所有権を取得するに至ったものというべきである。
以上要するに、木原は、本件(一)、(二)の土地の所有権を有効に取得したものということができる。
四、しかして≪証拠省略≫によれば、木原忠信は、昭和二八年一〇月三一日知人の松崎貞雄立会いのもとに控訴人に対し本件建物及びその敷地として本件建物の便所の尾垂れの見通し線かぎりの土地、すなわち四、八七八番の二の土地と本件(一)、(二)の土地を売渡したが、その所有権移転登記については、本件(一)の土地及び本件(二)の土地を含む四、八七八番地の一の土地の地目がいずれも田であったことから、本件建物及び四、八七八番地の二の土地についてなされたにとどまったことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
五、被控訴人は、恵木秀吉より本件(一)、(二)の土地を買受けた松崎貞雄より更に右各土地を買受け、かつその旨の登記を経たから、控訴人の売買は被控訴人に対抗できない旨主張するので、まず松崎が本件(一)、(二)の土地を買受けたか否かにつき検討するのに、≪証拠省略≫によれば、木原は前記のとおり控訴人に対し恵木秀吉から買受けた土地のうち四、八七八番地の二の土地及び本件(一)、(二)の土地を売渡したが、松崎貞雄より三〇万円位を借受けていたので、同人との間で将来買戻す約束のもとに昭和二九年松崎に対し本件建物の便所の尾垂れの見通し線以西の土地、すなわち四、八七八番地の一の土地のうち本件(二)の土地を除いた部分の所有権を移転する旨約したこと、ところでその登記手続は松崎が木原から委ねられたのであるが、当時控訴人のための所有権移転登記が本件建物及び四、八七八番地の二の土地にのみなされ、本件(一)の土地及び四、八七八番地の一の土地の登記簿上の所有名義人が恵木秀吉のまま残されていたことから登記手続にうとかった松崎らは、誤って登記簿上所有者が恵木秀吉のまゝになっていた本件(一)の土地及び四、八七八番地の一の土地全部につき昭和二九年四月一二日付で恵木から松崎へ直接所有権移転登記手続をなしたことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫
なお、乙第五号証(所有権売渡証書)には、恵木が松崎に対し本件(一)の土地及び四、八七八番地の一の土地全部を売渡した旨の記載があるが、右書証が真正に成立したことを認めるに足りる証拠はないのみならず、同証の記載も、原審証人恵木秀吉の、同人が木原に対し本件(一)の土地及び四、八七八番地の一の土地を売渡した旨の証言に照らし信用できないし、他に前記認定を覆すに足りる的確な証拠はない。
右認定した事実によると、松崎貞雄が所有権を取得したのは四、八七八番地の一の土地のうち本件(二)の土地を除いた部分であり、同人は本件(一)、(二)の土地の所有権を取得していないということができるから、本件(一)の土地及び四、八七八番地の一の土地全部につきなされた松崎への所有権移転登記は、本件(一)、(二)の土地部分に関しては権利の実体に合致しない無効なものという外ない。
従ってかりに被控訴人が、本件(一)の土地及び本件(二)の土地を含む四、八七八番地の一の土地を松崎より買受けたとしても、松崎が本件(一)、(二)の土地につき所有権を有しない以上、被控訴人においてその所有権を取得するいわれはないから、この点に関する被控訴人の主張は理由がない。
そうすると結局本件(一)、(二)の土地は控訴人の所有であるということができる。
六、ところで被控訴人が本件(一)の土地及び本件(二)の土地を含む四、八七八番地の一の土地全部について所有権移転登記を経ていること、被控訴人が本件(二)の土地上に石垣を造成し、石塊、土砂をもって埋立てていることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、これによって控訴人による本件(二)の土地の使用が妨害されていることが認められ(る。)≪証拠判断省略≫
そうすると、被控訴人の有する本件(一)の土地及び四、八七八番地の一のうち本件(二)の土地部分の各登記はいずれも権利の実体を有しない無効なものというべきであるから、真実の権利関係に合致させるため被控訴人は、控訴人に対し本件(二)の土地については四、八七八番地の一の土地から分筆登記手続をしたうえ本件(一)の土地とともに所有権移転登記手続をなし、かつ本件(二)の土地上に存する石垣、石塊、土砂を撤去する義務がある。
第二反訴について
被控訴人は、本件(一)、(二)の土地を松崎より買受けてその所有権を取得したことを前提として控訴人に対し本件建物の一部収去、本件(一)、(二)の土地の明渡しならびに賃料相当損害金の請求をするものであるが、本訴において判示したとおり、松崎は本件(一)、(二)の土地について所有権を取得したことはないから、被控訴人が松崎より本件(一)、(二)の土地を買受けたとしても被控訴人において右各土地の所有権を取得することはできず、従って被控訴人が本件(一)、(二)の土地の所有権を有することを前提とする反訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であるという外ない。
第三、結論
以上の説示によると控訴人の本訴請求はすべて理由があり、被控訴人の反訴請求は理由がないから、これと結論を異にする原判決は失当として取消を免れない。
よって原判決を取消し、控訴人の本訴請求を認容し、被控訴人の反訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 森川憲明 裁判官 下江一成 山口幸雄)
<以下省略>